タレントのマキタスポーツによる自伝的小説。甲府から野望を持って上京してきた主人公の苦節に満ちた半生を描く。かなり分厚い本だったので驚いた。
マキタスポーツの名前は知っていたが、注目し始めたのは、BS12で放送されていた音楽バラエティ番組「ザ・カセットテープ・ミュージック」で出会ってからのことである。ラジオ番組「東京ポッド許可局」は時おり聞いていたけどね。
共演者のスージー鈴木が同じように自伝的小説を上梓していたので、その便乗企画かと思ったが、それより前に天下の『文學界』に連載していたという。恐れ入った。
スージー鈴木は早稲田大学を出て広告代理店に就職するという順風満帆なエリートコースを歩いたのに対し、マキタスポーツは挫折を重ねた苦労人であることがわかる。「男は中年になったら、自分の顔に責任を持たなければならない」と言われるが、テレビでみるマキタスポーツはいい面構えをしている。
小説のクライマックスは母親の葬儀だろうか。私も地方出身者で大学進学時に上京したクチだから共感するところも多いが、それでも「どんだけ地元が嫌いなんだよ」と思ったものだ。あと女を取り合ったという兄との関係も興味深い。兄にしても「いまの時代に長男だからなんだよ」と思っても仕方ないだろう。
正直、私は芸能界に疎いのでいまのマキタスポーツのランクはわからないが、テレビをほとんどみない私ですら知っているのだから、かなり売れているのだろう。まあ「ザ・カセットテープ・ミュージック」を見てるだけでも素人ながら才能に溢れているのはわかる。それでも才能があれば成功するというものではないだろうが……。
この小説は「おれたたエンド」というか、成功の階段を登るところまで描かれずに終わっている。映画『苦役列車』に出演するあたりからブレイクしたという私の認識だが、芸能界でのし上がっていく驀進する様子も読みたかった。それを書かないのは奥ゆかしさというものか。そんなことを思いながら読み終わった。