東浩紀さんが2010年に立ち上げた「ゲンロン」の10年間にわたる奮戦記。「ゲンロン」の歩みを語りおろしで綴った本で、断片的にしか知らなかったことが整理できた。
ゲンロン戦記-「知の観客」をつくる (中公新書ラクレ, 709)
- 作者:東 浩紀
- 発売日: 2020/12/08
- メディア: 新書
冒頭近くにこうした記述があった。
10年間、ぼくはさまざまなひとから、東浩紀はゲンロンの経営なんかやめるべきだ。本の執筆のような「本質的なこと」に時間を割くべきだと忠告されてきました。
私もまったく同じことを思っていた。天才・東浩紀が才能をムダにしているのではないか。大学教員という「安楽椅子」にでも深く腰掛けて、執筆活動に集中したくれたほうがいいのでは、と思ったものだ。
この本は、なぜ「ゲンロン」を起業したのかという根本的な疑問に答えてくれる。さらに東浩紀さんの考える「哲学の実践」のありようの一端がうかがえる。とは言っても、自ら領収書を整理をしたり、スタッフに棚をつくれと指示したり、どうにも締まらない。せっかくの才能が擦り切れていくようだ。でもこれでいいのだ。
会社経営は悪戦苦闘の連続。会社のカネを使い込まれたり、スタッフがどんどん辞めたり、挙げ句は自ら会社をたたもうと決意したりと散々である。およそ経営者として未熟で、本書はビジネス書としては役に立たない。反面教師にはなるかもしれないが……。それでも惹きつけられるのは、東さんに信念というかしっかりとしたビジョンがあるからだろう。
ゲンロンは紆余曲折を重ねながらも一歩一歩前進しているようだ。例えば、自前の動画配信プラットフォームはいつできるのかと思っていたが、ついに実現したというからえらい。
「ゲンロン」の10年代を振り返る本としてたいへん面白く読めた。年表が載ったり記録的な意義も大きい。いずれにせよ、東さんはこれからもゲンロンを通して人々を「啓蒙」していくのだろう。応援しています。