神保町シアターの《七〇年代の憂鬱 退廃と情熱の映画史》という企画上映で、映画『黒木太郎の愛と冒険』(1977年、監督・脚本:森崎東)を鑑賞。田中邦衛主演。ATG作品。
文句さんこと、スタントマンの黒木太郎(田中邦衛)は、元女優の妻(倍賞美津子)と娘で暮らしていたが、3人の若者を居候させていた。彼らの周辺で繰り広げられる数々のエピーソードを通して描かれるシニカルな人生賛歌。
猫好きのどんでもない中学女教師(緑魔子)を追い出そうとするエピーソードでは、なんと岡本喜八が役者として出演しているのも見逃せない。ちなみに喜八の妻役は杉本美樹で、ろうあ者の夫婦を演じている。
また居候の若者のひとり銃一(伊藤裕一)の父親(三國連太郎)が、戦友たちの慰霊碑の前で自決する場面は、監督自身の体験に基づく反戦思想が前面にでている。当時敗戦から30年余経っているのだが、人々の心の傷がいまだ深いことが伺い知れる。
終盤、文句さんの姪を暴力団の息がかかったトルコの寮から助け出すエピーソードで、映画はようやく盛り上がりも見せる。暴力沙汰にせずに救出には成功するが、しばらくして文句さんは暴力団に刺されて瀕死の重傷を負い、病院に収容される。それに憤慨した銃一が暴力団員(麿赤児)を日本刀で刺して復讐を遂げる。
これで映画はほぼ終わりだ。起承転結を期待して見ていると、「これでおわりかい」ということになるだろうが、監督が撮りたかった映画を撮るとこうなるのだろう。商業映画とは対極にある自主制作のような映画だが、出演者はびっくりするほど豪華。監督の人徳だろうか。
とくに大人のオモチャ屋の主人を演じた財津一郎がすばらしい。存在感がすごい。いまこのような役者はいないよなあと思わせる。
主演の田中邦衛は、この映画の4年後に代表作『北の国から』で主人公・黒板五郎を演じる。個人的には当たり役の五郎を演じたことにより、妙なイメージが付いてしまい役の幅が狭まったことが惜しまれる。壮年期にもっと様々な役に挑戦してほしかった。この映画は「北の国から」前夜ともいえる田中邦衛を見ることができる。
また本作の冒頭、居候役の3人の若者がこの映画で初めて自分たちが映画に関わること述べるシーンがある。この若者たちは、その後、映画に関わることはあったのだろうか。どんな人生を歩んだのだろうか。そんなことが気になった。