退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

【読書感想】前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ 』(光文社新書、2017年)

秋田出身のポスドクの昆虫学者(バッタ博士)が安定した職を獲得するため、西アフリカ・モーリタニアで奮闘する冒険の記録である。売れている本だけのことはあり最近読んだ本のなかではダントツに面白かった。

この本の面白さは主に2つある。

第一は、日本人にとって馴染みのないモーリタニアでの生活やフィールドワークの様子が臨場感たっぷりに綴られている点だ。未知の事柄を知ることにより、読者の好奇心が十分に満たされる。

それに加えて日本の若者が海外で活躍する姿は、それだけでワクワクさせてくれる。古い記憶をたどれば、藤原正彦の『若き数学者のアメリカ』や小澤征爾の『ボクの音楽武者修行』に通じるものがあるだろう。

若き数学者のアメリカ (新潮文庫)

若き数学者のアメリカ (新潮文庫)

正直フィールドワークのことはよくわからないが、現地の所長や運転手たちとコミュニケーションをとって信頼関係を築いていくあたりは感動的である。渡航前にはフランス語を勉強しなかったとあったが、どうやってサバイバルしてのか不思議な気すらする。筆者ならでは特殊能力なのだろうか。最近は「コミュ力」が取り沙汰されることもあるが、そうしたことを超越した卓越したコミュニケーション能力を実践している。

第二は、いわゆる「ポスドク問題」である。博士を取得しても無期の安定した職がないという問題である。専門分野が、すぐに役立ちそうもない「バッタ」となるとなおさらで、つぶしが利かないのだろう。

今回のアフリカでの研究生活も自然界のバッタを観察して、論文のネタを集めて一発逆転をねらっている。飢饉の原因となるバッタの大量発生を防ぐという大義名分があるにせよ、ずいぶんとせせこましい話で夢がない。しかしこれが若手研究者が直面している現実なのであろう。

途中、有期の研究職の期限が危うく切れてそうになりピンチを迎えるが、ぎりぎりで京都大学「白眉プロジェクト」に採用されて研究を続けらることできるようになるくだりがあった。そのいきさつはドラマチックではあるが、こんな調子では長期的な研究は難しいだろうなと思った。数十年後に日本人がいまのように自然科学分野でノーベル賞受賞を連発することもないのかもしれない。

一方で物足りないと思うこともある。筆者が果たして成功したかどうかはっきりしないことだ。出身高校で講演して錦を飾る場面はあるが、テニュアをゲットしたわけでもないし、バッタの大発生のメカニズムを解明してアフリカの民を飢餓から救ったというわけでもないようだ。「俺たちの戦いはこれからだ」のような終わり方は、読後の爽快感が足りない。まあ後者は、そんなに簡単な話ではないだろうが……。

それでもアフリカでの砂漠のエピソードを中心に読み応えがあった。映像化しても成立しそうだと思ったが、そのときは石原さとみのようなヒロインを追加する必要があるかもしれない。

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