森鴎外の短編小説『阿部一族』を、深作欣二監督が映像化した作品。映画ではなく、1995年にフジテレビで放送されたテレビドラマです。この時代まではテレビにもまともな時代劇があったことを確認できる傑作です。
江戸時代初期の肥後藩。戦乱の時代が終わり世の中が天下泰平に移行するなか、世代交代が進む武士社会のなかでも価値観の変化が生じてくる時代。先代の藩主の病死に伴う家臣たちの殉死を巡る諍いのなか、藩の重職だった阿部一族が上意討ちで全滅した実際に起きた事件を題材にした悲劇です。
見どころは終盤、阿部一族が屋敷に立て篭もり、上意討ちの手勢を迎え撃つ場面。こうした「集団抗争」を撮るとさすがに監督は上手い。テレビドラマとは思えない迫力です。現代音楽を基調とした劇伴も、物語の悲劇性を上手く演出していて効果的に使われているのも美点。
そして槍の道場で互いに研鑽を積んだ次男・阿部弥五兵衛(佐藤浩市)と柄本又七郎(真田広之)が、共に狭い場所での戦いを前に槍の柄をのこぎりで短くする場面がとくに印象に残りました。ふたりの最終決戦も壮絶です。
新しい藩主(青山裕一)と御伽衆あがりの側近(石橋蓮司)の顔を白塗りにした演出も面白い。天下泰平の時代を象徴する新しいタイプの武士ということでしょうか。時流に変化を正しく読み解くことができる者だけが生き残ることができる、というのは時代を問わずに真実と言えるでしょう。