新文芸坐の《新春ゴジラまつり》で、『ゴジラ対ヘドラ』(1971年、監督:坂野義光)を鑑賞。ゴジラシリーズの第11作。かねてより映画館で見たかった作品。昨年春、神保町シアターの《GODZILLA公開記念・生誕60周年 ゴジラ映画総進撃》で上映されたときに見逃して地団駄を踏んだが、ようやく見ることができた。怪獣映画だけは映画館で見るに限る。
本作は制作当時、大きな社会問題であった公害問題をテーマに取り上げた異色作。ヘドラは公害から生まれた怪獣という設定だ。時事的な社会問題を怪獣映画に取り入れることには賛否あるだろうが、元来、ゴジラも核兵器や戦争などの現実社会の様相が反映された作品だったことを考えると、それほど不自然ではないだろう。
映像としては本作が低予算だったのがいい方向に作用したのか、これまでにないゴジラ映画を撮ろうとう工夫がたくさんある。マルチ画面や社会風刺と思われるアニメーションによる場面転換は斬新だ。そして何より、麻里圭子が歌う主題歌のインパクトが大きい。この曲が劇中に頻繁に流れる。ちなみに、この作詞は監督自身というというから大変な熱の入れようだ。
加えて、ヘドラの臭気を浴びて人の皮膚が焼けただれ、白骨化するなどショッキングな描写も多い。他にも光学スモッグよろしく校庭で生徒がバタバタと倒れるシーンなど公害の有害性を強調するための演出が目立つ。やり過ぎじゃないかと思うがゴリ押しがすごい。
また「ゴーゴー喫茶」のサイケデリックなセットがすばらしいことも強調しておきたい。ここでもやはり問題の主題歌が歌われるシーンがあり、店内の雰囲気はとても子ども向けとは思えないが、いま見ると当時の風俗がわかり興味深い。
とはいうものの、全編を通じて予算がないことが透けて見える映画で、特撮シーンは実に惨めだ。とくにゴジラとヘドラの格闘シーンは、壊すべき街のセットを作る予算もないのだろう、舞台はただの荒野になっている。自衛隊もしょぼい。巨大電極板の間にゴジラをおびき出すというトンデモ作戦。しかも最後はヒューズが飛んで役に立たないとか……。
ラストでは、ゴジラが口から吐く熱線の反動で後ろ向きに空を飛ぶという問題のシーンががある。このシーンがプロデューサーの田中友幸の逆鱗に触れたのか、坂野監督がゴジラを撮ることは2度となかった。物議を醸したシーンは、ストーリー的にはあってもなくてもいいシーンだろうに。これで続編への道が途絶えたとすれば何とも惜しい。
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