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退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

東京空襲写真展 @東京大空襲・戦災資料センター

イベント

今年は戦後70年。そして来る3月10日は、東京大空襲からも70年にあたります。そこで前から行ってみたいと思っていた東京大空襲・戦災資料センター江東区)まで足を伸ばしてみました。ちょうど写真集の刊行を記念して「東京空襲写真展」という展示会もが開催されていました。
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2階の特別展「東京空襲写真展」では、空襲による被害を紹介する写真が時系列に沿って展示されています。東京の空襲というと、1945年3月10日の「東京大空襲」がよく知られていますが、この展示会では「下町空襲」という名称が使われています。

写真の他に興味を惹かれたのは、壁に大きく展示されていた区部の被災地図です。当時の地図なので、いまは使われていない地名があったり、海岸線が今とは違っているのですが、空襲の被害を受けたエリアがマーキングされた地図はかなりインパクトがあります。思わず馴染みのある場所を場所を地図上でさがしてしまいます。

この展示会で意外に思ったのが、東京大空襲の前にも、東京は1944年秋頃から何度も米軍の空襲を受けていたことです。首都を安々と空襲される時点で戦争は負けだろうに、早期に降伏していれば思わずにはおれません。

3階の常設展示では、まず焼夷弾の実寸模型が目に入ります。思ったより小さい……。他には被災品のほか、当時の生活や教育の様子を伝える展示がありした。

それにしても現代では空爆で非戦闘員が犠牲になると、非難の声が起こりますが、ほんの70年前にこれほどの無差別爆撃が平然と行われていたことに驚きます。しかも、その無差別爆撃を行ったアメリカに対し国民の間で憎悪の感情が芽生えるわけでもなく、いちばんの同盟国として付き合っているのだがら本当に不思議なものです。

ここはやや立地が悪いのですが、下町空襲の現場だった場所で、戦争被害を伝える施設が民間により運営されている意義は大きい。戦後70年を機に是非一度展示を見てみることをおすすめします。

(余談)
センターに行くにあたり、どの経路が最短なのか迷いましたが、都営新宿線西大島駅から歩いて行くことにしました。このセンターはどの駅からも遠い。ホームページには徒歩18分とあったのでちょっと目眩がしましたが、ずんずん歩いて行くとそれほどはかかりません。川沿いの公園が整備されていたので気分的に楽だったこともあるでしょう。

東京左半分から東に向かうと隅田川を越えるあたりから空気がちがうなと感じます。不慣れな土地だったので、事前にGoogle Mapsなどで周りを調べてみました。下町空襲で被害が大きくなった原因に、住居が密集していたこと、そして川が縦横にあって避難が困難だったことが挙げられていましたが、今でもあまり変わっていないような……。都市計画をグレート・リセットするチャンスだったのに惜しいことです。

以下に周辺の写真を紹介します。
西大島駅(海抜がマイナス)
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▼川の多い街(川沿いは公園として整備されていて素敵)
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▼JRの貨物線の鉄橋(架線なし)
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東京大空襲・戦災資料センター
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