新文芸坐の《青春スターから円熟の演技者、そして監督へ 映画を生きた男 追悼・津川雅彦》で映画『濹東綺譚(ぼくとうきだん)』(1992年、監督:新藤兼人)を鑑賞。原作は永井荷風の同名小説。ただし、原作の小説家が荷風本人に置き換えられている。主演は津川雅彦。
荷風(津川雅彦)が、毎夜玉ノ井の私娼窟に出かけては女遊びにうつつを抜かすなか、娘のような歳のお雪(墨田ユキ)と出会う。互いに惹かれ合うが、荷風は年齢差を理由に身を引こうとするがついに結婚をする。しかし戦局は激しさを増し、帝都は空襲に襲われる……。
とにかくお雪を演じた墨田ユキがいい。この映画のオーディションに合格して、芸名をユキに変えたという。絵から抜け出したような美しさ。とくに裸体。まあ、こんな美人が場末の私娼窟にいるはずもないが、映画なのでそれはいいだろう。
「濹東綺譚」は1960年に豊田四郎監督で映画化されていて、山本富士子がお雪を演じた。映画の出来不出来は別にして、お雪については墨田ユキのほうがずっといい。今回は津川雅彦の追悼上映だったが、本作は彼女の映画と言ってもいいだろう。
一方、肝心の荷風役の津川雅彦は、文壇に出入りするインテリ作家姿はサマになっているが、いつもの津川芝居で面白味はない。というか、荷風はこんな人物だったのだろうかと首を傾げたくなる。ミスキャストだったのではないか。監督の考える荷風像が見えてこない。
また玉ノ井のセットも残念。さすがに戦中の色街を実際に見たことはないが、美術はこれで本当によかったのだろう。こうした映画は、スクリーンのなかでタイムトリップさせてくれるかがポイント。もっとセットなど美術にこだわりがほしい。カラー映画だけにアラが余計に目立つ。この点は豊田四郎版がすぐれている。