退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

【映画感想】『薄桜記』(1959) / 大映映画の底力を見せつける市川雷蔵主演の時代劇

先日、山本耕史主演のBS時代劇薄桜記」(2012年)を見て、そう言えば市川雷蔵主演の大映映画があったはずだと見直してみた。監督は 森一生、脚本は伊藤大輔という強力な布陣で、赤穂討ち入りを背景に、赤穂浪士堀部安兵衛勝新太郎)と旗本・丹下典膳(市川雷蔵)の友情と悲恋を描く。

どちらも五味康祐の同名時代小説を原作にしているが、大映版の脚本を担当した伊藤大輔が大胆に脚色したため、2つ作品にはかなりの違いがある。とくに目立つ違いは次のとおり。

  • 典膳はNHK版では左腕を失うが、大映版では右腕を失う
  • NHK版では典膳は親友である安兵衛に討たれるが、大映版では恨みを持った知心流の門弟に襲われて討たれる
  • 大映版では典膳が隻腕のうえに足を撃たれてしまう

原作者の了解を得ていたといえ、よくもこれだけ自由に脚色したものだと驚く。メロドラマと友情物語を絡ませて、ちょっと珍しい時代劇に仕上がっている。


『薄桜記』(Samurai Vendetta)(1959)予告編

いずれも典膳が大阪に赴任(単身赴任)しているなか、江戸で留守を守る妻・千春が陵辱されたことに端を発する。千春の名誉のために、事の真相に隠して妻を離縁して実家に帰そうとするところが悲劇の始まりとなる。

それほど女性の貞操が大事だと考えられていた時代を背景している。現代の価値観とはかけはなれていて、時代の流れを痛感する。NHKでテレビドラマ化されたのは比較的最近のことだが、視聴者に違和感はなかっただろうか。

そうした時代劇特有のお約束に納得できれば、当時の映画界のすごさを画面から感じることができるだろう。銀幕スターたちが輝いていることはもちろんだが、撮影や美術などで大映映画の職人たちの仕事を堪能できる。日本映画の全盛期の栄光を感じることができる貴重な映画である。

ただ個人的には、隻腕になったあとの典膳の圧倒的な強さをもっと見たかった。映画では放り投げた紙を斬るシーンがあるぐらいで物足りない。ラストの足を撃たれてからの大立ち回りでは、「跳刃地背拳」よろしく寝たまま剣を振るうという珍しい殺陣を見ることができるが、その前にもっと活躍してほしかった。

この作品の殺陣についていえば、安兵衛を演じた勝新太郎が主演の市川雷蔵を圧倒している。とく高田馬場の仇討のシーンでは、勝新太郎は身体能力の高さを遺憾なく発揮していて、のちに座頭市でブレイクするだろう片鱗を感じることができる。