退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

【読書感想】大下英治『百円の男ダイソー矢野博丈』(祥伝社文庫、2020年)

いまでは全国津々浦々で見かける100円ショップの最大手「ダイソー」の創業者である矢野博丈の評伝。今年、氏の訃報を耳にして、積読されていた文庫を手にとる。

前半は人物伝として面白い。まず医者の息子で大陸生まれというのがカッコいい。落ちこぼれながらも中央大学理工学部をなんとか卒業し、紆余曲折を経て、移動販売・露店方式の100円ショップを起業するあたりはとくに興味深い。その後、スーパーマーケットのテナントでの出店を契機に急成長し、現在のダイソーの礎を築く。

後半はダイソーの成長の軌跡を追っているが、事実や数字の羅列が多く読み物としては面白みには欠ける。深堀りすれば海外展開の際の興味深いエピソードには事欠かないのだろうが、紙面の都合なのか矢野自身があまり絡んでないこともあり薄味。

トラックでの移動販売で値段を聞かれ、思わず口にした「100円でええよ」というのが、100均商法の原点だというもはもはや伝説かと思えるほどエピーソードである。

ワンマン社長・矢野のハードワークぶりは凄まじく、彼に着いていけずにやめていく社員も多かった、とのこと。経営計画もたてずに突っ走って成功したのは、ただ「運」がよかったとも思うが、それも実力のうちということか。まあ参考にはならない。

それでも矢野が経営の第一線から退いたあとも、ダイソーが発展していることは、後継者育成にも成功した証である。それだけでも大したものだ。ダイソーは、もはや生活になくてはならない「社会のインフラ」と言っても過言ではない。起業当初から商品開発に注力しているだけあって、いまでも「これが〇〇円」かと思わず唸ることもしばしばある。

街なかでダイソーを見かけると、この本にあったエピーソードの数々を思い出してニヤリとしてしまう。前半だけでも読んでほしい一冊だ。