新文芸坐の《「美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道」刊行記念 清純、華麗、妖艶 デビュー60年 女優・岩下志麻 さまざまな貌で魅せる》という企画で、映画『婉(えん)という女』(1971年、監督: 今井正)を鑑賞。原作は大原富枝の同名小説。江戸時代を舞台にしているが、チャンバラはなし。
寛文4年、土佐藩家老の父・野中兼山の死後、政敵によりその遺族たちは幽閉される。幽閉は野中家の男系が絶えるまでおよそ40年にわたって続いた。幽閉された当時、三女の婉(岩下志麻)は4歳。婉は抑圧された幽閉生活のなか兄たちと学問に励む。やがて野中家最後の男が死に幽閉から40年を経て、ようやく女たちは赦免され、婉は外界に出ていくが……。
いつ出れるともわからない幽居で過ごす武家の家族を描いたシリアスな映画。40年もの幽閉生活を描いた日本映画は他に例がないのではないか。豪華キャストの兄弟たち(江原真二郎、河原崎長一郎、緒形拳、中村賀津雄)が次々に死んでいくのは見応えがある。とくに河原崎の演技は鬼気迫るものがある。中盤以降も救いようのない暗いエピソードが延々と続き、観客の気分はずんずんと沈んでいく。
印象的なのは、何度か登場する婉の性的衝動を映像化したシーン。炎のなかをたゆたう岩下志麻がエロチックに撮られている。男の裸体をじっと見つめる視線もちょっといい。
ただ幽閉された40年の時の流れは映像からはあまり感じられない。映画のなかでは、「40を過ぎても20歳代の肌を持つ」などと表現されていが、岩下が演じる主人公が歳をとったように思えないのが難点。
またせっかく岩下以外にも、そうそうたる出演者を集めているのだから、助演にもっと見せ場を用意してもよかったのではないか。岩下にばかりフォーカスがあたり、映画がやや単調になったようだ。
ラストは婉が乗る籠が見得を切りながら、城代の籠の脇をまかり通るシーンが終わる。後年、「極道の妻たち」シリーズでドスの効いたセリフを吐く岩下の片鱗を感じさせるような、強い女が体現されていてよかった。