自動車メーカーのホンダがつくった小型ジェット機「ホンダジェット」の開発リーダー・藤野道格氏が語る30年におよぶ新規事業立ち上げの物語。書店で表紙の写真に惹かれて手に取った。エンジニア出身の筆者による良質のノンフィクションは読み応えがある。
- 作者: 前間孝則
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2015/09/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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リーダーの藤野氏は、東大工学部航空学科を卒業後、国内の既存の航空産業の実情を見て迷わず自動車メーカーのホンダに就職する。入社3年目に航空機開発を命じられ渡米したという。その後、小型ジェット機開発を上層部に提案し長年にわたる悪戦苦闘の末に実現させてしまう。映画化しても成立しそうな成功譚である。
この本はエンジンや機体に関する専門用語が多用されているので、これらを解説するための図版がもっとあればいいと思った。それでも藤野氏が低翼式で主翼上部にエンジンを置くホンダジェットの基本デザインを寝床で思いつき、カレンダーの裏に描いたとされるスケッチが載っているは貴重。
ホンダジェット開発物語も技術的に面白いのだが、終盤のリーダーシップ論、そして開発の本拠地であるアメリカの本質が垣間見れるエピソードが興味深い。このあたりは紙面が足りなかったのかやや駆け足に思えたが、別の本でじっくりと読んでみたいテーマである。
ホンダジェットは国産なのかと思いながら読んでいると、最終章に「国産とは何か」というセクションがあった。藤野氏は決して「国産」という言葉は使わないという。部品の製造率などでは測れない、一番重要な「頭脳になる部分」を日本人が握っているかどうかが、国産の定義だと述べている。最近、「国産」をやたら強調する製品が多いのに違和感を感じていたので、この説明は腑に落ちた。
この本では「ホンダの創業者精神のDNAが云々」といった記述が多く、創業者のエピソードも数多く紹介されている。実際、ホンダの社風がなければ、航空機開発のような多額の資金を要する事業に自動車メーカーが投資を続けることはなかったのだろうが、人によっては鼻につくかもしれない。
この本によれば、ホンダジェットは国内での販売は計画されていないとこと。今後、ホンダジェットに乗る機会に恵まれることが期待薄だが、一度は乗ってみたいものである。「空飛ぶシビック」というわりには平均的な日本人にとってはどこか別世界の出来事に思えた。