退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

【読書感想】おざわゆき『凍りの掌 シベリア抑留記』(小池書院、2012年)

筆者がシベリア抑留を経験した生還した父親から聞き取りして描かれたコミックである。NHKの実写ドラマとマンガを織り交ぜて進行する「ドラマ×マンガ」という番組を見て読んでみた。この実写ドラマでは漫画家の娘を木村多江が、抑留経験のある父親を古谷一行が演じていた。

凍りの掌

凍りの掌

表紙のイラストからわかるように絵柄はほのぼの系とも言えるが、この画風でシベリアでの過酷な体験が綴られていて、そのギャップが何ともいえない作風を生み出している。

次々に仲間たちが死んでいく極寒での抑留体験の過酷さも胸に迫るが、もっと怖かったのはソ連プロパガンダによる共産主義の押し付けである。「洗脳」と言ってもいいだろう。かつでの上官が吊るし上げられたり、インテリたちが自己批判を強制されるシーンが印象的だった。

シベリアからの帰還者は「アカ」のレッテルを貼られたらしいが、この漫画にあるような「洗脳教育」に感化されて、その後の人生をあやまった人も少なくなったのではないか。それでもソ連プロパガンダが日本で根付かなったのは周知のとおりだが、いまのように日本経済が停滞し、格差が拡大していく社会だったら、結果はちがっていたかもしれない。

漫画は、父娘が引揚船が着いた舞鶴を訪れる場面で終わる。イベントで用意された船で海側から桟橋に向かうシーンがちょっといい。父親は60年ぶりの舞鶴だというが、何を思っただろうか。いいラストである。

この本の役割ではないかもしれないが、シベリア抑留の外交上または政治的な背景にも触れてほしかった。漫画で扱うのは無理にしても、時代背景を含めて「日ソ共同宣言」や「シベリア特別措置法」についての簡単な解説が巻末にあれば、さらによかったと思う。

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