退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

【読書感想】古市憲寿『平成くん、さようなら』(文藝春秋、2018年)

古市憲寿の初小説にして、芥川賞候補になった話題作。改元される前に読みたかったが、令和になったお盆休みにようやく読み始める。

平成くん、さようなら

平成くん、さようなら

主人公「平成くん」は、平成を象徴する文化人としてメディアの寵児となり、都心で現代的でリア充な生活を送る。しかしある日突然、平成くんは平成の終わりとともに安楽死したいと恋人に告げる……。

実在の高級ブランドやレストランなどのランドマーク、そして古市氏のお友だちまで多数登場。それだけで平成の終わりという時代を捉えているような気になる。自分で車を運転せずにUBERを多用する登場人物たちのライフスタイルにも時代性がある。

ここまでやるなら、田中康夫の『なんとなく、クリスタル』のように細かく註を付ければ、後年の読者にとって資料的な価値が一層増したかもしれない。

なんとなく、クリスタル (1981年)

なんとなく、クリスタル (1981年)

面白いのは、日本は世界に先立って安楽死を合法化されているという設定。それにともない様々安楽死のための施設が登場するなど、小説のなかで安楽死導入について思考実験をしていているのも興味深い。

ただし主人公が安楽死を選択することが物語の軸になっているわりには、死生観というか「死」についての内省はほとんどなく、全体としてはとても軽すぎるのが気になる。これも平成という時代だろうか。

そのためか安楽死という重いテーマを扱っているがとても読みやすい。するすると最後まで読めてしまうのはさすがというべきか。

終盤、平成くんが姿を消して、恋人が「例のスマートスピーカー」の電源コードを抜いて、別れを告げる。ちょっといいラストである。ちょっとしたアイディアかもしれないが、結構気に入っている。

途中で「映画化決定」と思いながら読んでいたが、実写化するなら主人公カップルのキャストを考えながら読むのも一興。いまならロケもそのまま撮ればいいし、実在の登場人物もそのまま出てもらえるかもしれない。実写映画化まったなし。

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