退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

【映画感想】『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017) / 白人貧困層の生活は垣間見れる実録スポーツ映画

新文芸坐で映画『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年、監督: クレイグ・ギレスピー)を鑑賞。アメリカ人として史上始めてトリプルアクセルを成功させた女子フィギュアスケート選手であるトーニャ・ハーディングの伝記映画。有名な「ナンシー・ケリガン襲撃事」の顛末も描かれる。主演のマーゴット・ロビーは本作のプロデューサーとしても名を連ねている。

フィギュアスケートで世界を目指すような人たちは皆さんお金持ちだろうと思うだろうが、この映画のトーニャ・ハーディングマーゴット・ロビー)は、オレゴン州ポートランドの白人貧困層の出身だ。

トーニャの母親ラヴォナ(アリソン・ジャネイフィギュアスケートの才能を見出し、一攫千金を目論み、ウェートレスとして稼いだわずかなお金をトーニャのスケートに注ぎ込む。暴力的で薄情な母親に徹底的にスケートを仕込まれたトーニャは次第に才能を開花していくが……。


I, TONYA [Official Trailer] – In Theaters Now

この映画は見どころが多いが、演出面で面白いのは「ウルフ・オブ・ウォールストリート」スタイルともいうのか、ストーリーとは別に映画の画面から観客に向かって語りかける手法が効果的に用いられている点である。実録映画だが、登場人物そらぞれに視点あり、視点ごとに異なる事実が語られる。最終的には観客に判断に任せるということだろうか。複雑な構造の映画になっている。

またフィギュアスケートのシーンの映像が卓越している点にも注目したい。いったいどうやって撮影したののだろうと唸らせる場面がいくつもあり、映像技術はどこまで進歩するのだろうと思わせる。こうしたスポーツ映画はスポーツシーンがショボいと台無しだが、この映画ではそうした心配はまったくなく安心して見られる。

しかし、この映画のいちばんの見どころはアメリカの貧困問題であろう。才能豊かなトーニャがもっと恵まれた環境にあったならばと思わずにはいられない。とにかくまわりがクズだらけ。毒母のラヴォナはめちゃくちゃだし、夫のジェフ(セバスチャン・スタン)も酷い。家庭内暴力が日常茶飯事で、暴力沙汰になったと思ったらすぐにセックス……。

ナンシー・ケリガン襲撃事件」もアホらしくていやはやもう何だかわからない。夫ジェフの友人ショーン(ポール・ウォルター・ハウザー)もサイコのようでコメディのようだが、実際に引き起こした事件の深刻さを考えるとまったく笑えない。やっぱり人がまともに育つには環境が大事なのだと実感できる映画になっている。

エンドロールでは、トーニャ・ハーディング本人のフィギュアスケート選手時代のフィルムが使われている。スキャンダルにまみれた伝記映画を見た後であるが、彼女のフィギュアスケートのパフォーマンスはそうした醜聞とは関係なく、まったく素晴らく美しい。彼女の選手生命の儚さに思いを寄せるだけでなく、貧困問題についても考えさせられる。

今回、この映画と『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』の二本立てで実録スポーツ特集という企画だった。併映作を目当てに見に来たが、この映画は思わぬ拾い物だった。二本立てはいいね、と思った。

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