退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

【映画感想】『復活の日』(1980) / 日本映画史に残るSFスペクタル映画

渋谷シネパレスが閉館すると聞いて出かけてきた。《70年に感謝 ワンコイン(500円)でお別れです》という特別興行で、映画『復活の日』(1980年、深作欣二監督)を鑑賞。太っ腹の料金500円。主演は草刈正雄。原作は小松左京の同名小説。

この映画は、細菌兵器と核兵器により「世界は2度死ぬ」という角川映画によるSFスペクタル巨編。今後もこれほどの規模の日本映画が作られることはないだろうという大作。南極を含む世界各地を丹念にロケーションした木村大作による映像は必見。 オリビア・ハッセージョージ・ケネディらホンモノの外国人俳優が共演し、英語のセリフが多用されていているのも特徴。ストーリーは以下のとおり。

東西冷戦下、米軍で開発した究極の細菌兵器MM-88が東側に渡る。東ドイツの科学者はMM-88の脅威を知り、サンプルを米国に渡しワクチン開発を依賴しようとするが、不慮の事故のたウイルスは開放されてしまう。活性化したウイルスは瞬く間に人類の大半を死滅させる。生存者は南極で活動していた各国の研究者たちと、ウイルスが蔓延する前に活動していた原子力潜水艦の乗組員の限られた。

最後の人類は南極政府を立ち上げ生き残りを模索するなか、地震予知学者の吉住(草刈正雄)は地震の発生を予知する。地震がトリガーになり自動報復システムが作動し、核兵器の応酬になることがわかったのだ。吉住たちはこのシステムを停止させるべく、原潜でワシントンに向かうが間一髪で間に合わず核ミサイルが発射されてしまう。人類は二度死んだ。

時は流れた。吉住はボロボロになりながらもアメリカ大陸を縦断して、最後の人類が暮らす南アメリカ南端部の集落まで戻ってくる。そこには愛するマリト(オリヴィア・ハッセー)が待っていた。そしてジャニス・イアンの主題歌「ユー・アー・ラブ(Toujours gai mon cher)」が流れる。


復活の日

だいたいこんな話だが、空前のスケールで敢行されたロケーションはいまみても素晴らしい。スクリーンで見る価値がある。ガチで南極ロケをやってるところがエラい。

しかし不満な点もいくつかある。まずパンデミックで日本が滅亡するプロセスをもっと丁寧に描いたほしかった。南極ロケがよほど嬉しかったのか南極のシーンが多すぎてバランスがおかしい。局所的には自衛隊火炎放射器で遺体を焼却したり、国会前でバリケード作ったりすなど見るべきシーンはある。しかしホワイトハウスがあれだけ登場するのに日本政府の存在感がほとんどないのは不満。まあ、この映画は海外マーケットをターゲットにしてたということはあるだろうが……。

また特撮はもっと頑張ってほしかった。当時の技術では難しかったのかもしれないが、核兵器で各都市が壊滅する特撮シーンにもっと迫力があれば映画はぐっと締まったものになっただろう。海外ロケで予算を使い切ってしまったのかだろうか。

さらに草刈正雄がアメリカ大陸を縦断するなか、なぜ生き延びてこられたのか。ウイルスは死滅したのか、ワクチンの効力が続いていたのかなど、一切の説明がないのも不満。未読だが原作には緻密な考証がされていたにちがいないと勝手に想像している。

それでも細かいことを気にしなければ古さを感じないし十分に面白い。当時これほどのスケールの日本映画が撮られていたことに驚愕するばかり。やっぱり角川春樹はすごいなぁ。

この映画は国内でヒットしたが製作費が高騰したため採算はとれなかったらしい。アテにしていた海外市場のセールスも芳しくなかったのも一因。そのため角川映画の大作志向は影をひそめ、薬師丸ひろ子ら角川三人娘などを起用したお手軽なプログラムピクチャーに舵を取ることになる。この映画が成功していたら角川映画の方向性もちがったものになったかもしれない。

復活の日