退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

【読書感想】村上謙三久 『深夜のラジオっ子 ─リスナー・ハガキ職人・構成作家』(筑摩書房、2018年)

構成作家10人の証言をもとに、80年代、90年代を中心に在京局の深夜ラジオを掘り下げるとともに、構成作家という知られざる職業に光を当てる。青春時代にラジオ番組に熱中していた人はとくに楽しめるだろう。

深夜のラジオっ子 (単行本)

深夜のラジオっ子 (単行本)

ほぼ章ごとにひとりずつ構成作家を取り上げていく。それぞれの生い立ちやラジオの仕事を始めるようになった経緯などはとても興味深い。ただ登場する順番は世代順なのだろうが、できれば構成作家ごとのプロフィールがほしいところ。世代や担当した主な番組の一覧や年表がほしい。

また最後の章では専門学校で学んだという若い世代の構成作家が登場するが、この本で既に取り上げられたベテラン作家が指導しているのは、伝統芸能ではないが技能が伝承されていることがわかり面白い。

この本のなかでも「送り手と聞き手は同世代がよい」のようなことを誰かが言っていた。実査し、世代ごとに聞いていたラジオ番組も違うだろうし、ラジオ番組は映画や小説、音楽のように時代を越えて振り返られることもなく、いわば「消え物」である。

したがって、ずっとラジオを追いかけてきたマニアを除き、個人にとって思い入れのあるラジオ番組は意外に少ないのではないだろうか。人生のある時期にあった数少ない出会いといえる。

私は、この本で取り上がられた構成作家のなかでは鶴間政行が「世代」である。コサキンより「ラジオはアメリカン」がツボだったというのはどうでもいいが、それぞれの思い入れのある番組に関連する部分から読み始めてもいいだろう。

私はいまでもラジオは聞いている。なかでも「中島みゆきオールナイトニッポン月イチ」は昔ながらのスタイルでつくられていて、世代的にもまあまあ安心して聞ける。ラジオでの出会いは月イチであるが、パーソナリティがとても身近に感じられるし、テレビにはない魅力をもつ不思議なメディアだといつも思う。

ラジオの将来は決して明るくないが、今後もゼロになることもないだろう。これからのラジオがリスナーに訴求できるメディアであり続けることができるか見守っていきたい。

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