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退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

【読書感想】堀江貴文『君はどこにでも行ける』(徳間書店、2016年)

読書

ホリエモンが、28カ国58都市を訪れた海外旅行を通して考えた人生論であり国家論。タイトルから「若者よ外に出ろ!」という趣旨かと思い読み始めたがそうではなく「行きたければいけばいいし、行きたくなければ行かなくてもよい」と説く。

君はどこにでも行ける

君はどこにでも行ける

現代はネットインフラが発達しているので、海外の主要な情報はどこにいても入手可能だし、円安で相対的に高くなった海外に積極的に出る必要もないという。とは言うが、国内でぬくぬくと過ごしいても、近い将来、自己変革を迫られる事態になるよという無言の圧力を感じた。

ホリエモンの海外旅行記も面白いが、ここでは印象に残ったことを2つ挙げてみたい。ひとつは、「経済発展した都市にはかわいい娘が集まる」ということ。こう言うと身も蓋もないないが、おそらく時代や場所を越えた普遍的事実だろう。昔、田舎から上京したときに同じこと思ったが、いまは海外旅行しても同じことを感じるらしい。

もうひとつは、日本が「安い」国なったという不都合な真実。中国人観光客が爆買いと称して大挙押し寄せているのは周知のとおりだが、インバウンドなどと喜んでばかりいられない。結局、日本が相対的に「安い」国なったことに他ならない。

いまや日本のGDPはいまやアメリカの1/4,中国の半分以下、1人当たりのGDPは世界27位である。昔、日本人が海外にどんどん出て行った時代は外国が「安い」国だったからで、いま若者が海外に出なくなったのは必然だろう。

それでも日頃の経験から「東京はまだまだいけるんじゃね」と思いながら読んでいくと、「それでも東京は世界最高レベルの都市である」という章があった。我が意を得たりというところか。もっともホリエモンが見ている東京と、庶民の私などが見ている東京は別モノだろうが少し安心した。

最後に国境について少し考えてみたい。ホリエモンはいずれ国境はなくなると思っているフシがあると感じた。しかしグローバル化が進んでカネや人の動きが自由になっても、国家権力の現われである国境はなくなることはないのでないか。国家権力は突き詰めれば暴力装置であり、経済活動と権力構造は別の次元の話だと思うからだ。

国境とはまた国家とは何か、もう少し考えてみる必要がありそうだ。

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