退屈な日々 / Der graue Alltag

将来の展望が見えない現代。それでも映画や本を楽しみ、ダラダラと過ごす日常を生暖かく記録する。

都議会のセクハラヤジ騒動に思う

東京都議会本会議で一般質問に立ったみんなの党会派の塩村文夏(あやか)議員(35)がセクハラのヤジを浴びせられた事件が炎上している。今回の騒動を見てちょっと考えてみた。

公然とは誰も擁護できないセクハラ発言

塩村都議は子育て支援についての質問を行っている最中に、「自分が早く結婚すればいい」「産めないのか」などと男性都議の発したヤジが波紋を呼んでいる。

昭和の時代ならいざ知らず、現代の基準では完全にアウト。公の場の最たるもの議会でそのような発言をする感覚がわかりません。いまや民間企業でも一発で懲戒になるレベルで、弁解の余地はまったくない。これは動かないでろう。


<都議会>セクハラやじ 女性議員に「早く結婚しろ」 女性都議 - YouTube

外電でも取り上げられる始末

とくに欧米基準では完全アウト。外電でも取り上げられる始末。海外には日本の微妙なニュアンスなどは伝わないので、恥ずかしいかぎり。これは国辱モノ。sexist abuseとか、もうね……。

議会は劇場といっても都議会は帝国劇場

「野次は国会の華」などと言われ、議場ではヤジ自体は昔から容認されてされておりルール違反でない。その内容が品位に欠けるとなると問題になるだけである。

そして日本の議会では実質的な意思決定が行わることはなく、単なる儀式だと考えられている。建設的な政策が議会で生まれることはない。民主主義のタテマエとして既に決まったことを承認するだけである。いわば台本のある演劇であり、議場は劇場と言ってもいい。

そうであれば、場末の三文芝居で下品なヤジが飛ぶように、議会でヤジが飛び交っても仕方ない。しかし、ここは花の都・東京の都議会。ど田舎の市議会ではない。五輪開催予定血の「国際都市」なのだ。いわば田舎の市民ホールではなく、帝国劇場なのだ。ふさわしい観劇マナーが求められる。

役者としての塩村都議

議場が劇場とすれば、都議は役者である。役者としての塩村文夏はどうであろうか。

今回の騒動を契機に、グラビアアイドルやタレントしとてブイブイいわせてきた彼女の過去が注目されている。だからと言って、セクハラヤジを甘受せよといっているわけではない。


恋のから騒ぎ 塩村文夏- YouTube

しかし、女と美貌を使って男を手玉に取りながら、結婚もせず子育てもせずにのし上がってきたイメージの強い彼女が、「晩婚化」や「子育て支援」について質問するのはどうだろう。「おまえが言うな」と突っ込んでほしいといわんばかりだ。

役者不足とは言わないが、ミスキャストであることは疑いのない。こうした議題は肝っ玉かあさんがピッタリ。塩村都議とは対極のキャラクターが求められている。みんなの党会派には他に役者はいなかったのか。

犯人さがしがはじまる

塩村都議が所属する「みんなの党」の鼻息が荒い。声紋鑑定をやって、ヤジの主「犯人」を特定すると息巻いている。

そもそも、あれだけの人がいるなかでヤジを発して、いまだに誰なのか特定できないことが不思議だが……。しかも自民党都議には箝口令が敷かれ犯人かくしをしているらしい。時代を読めないこと甚だしい。特定されたあと、どうするのか。

落としどころは

これだけ証拠がそろっているのだから、「犯人」が特定されるのは時間の問題だろう。どう落とし前をつけるのか。自民党石破茂幹事長は「仮にやじを飛ばしたのが自民党都議であったら、党としておわびしなければならない」と語っている。

週明けには動きがあるだろうが、ヤジを飛ばした都議の首を差し出して手打ちのなるのだろうか。野次馬としては、いままでになかったこの騒動から目を離せない。